東京地方裁判所 昭和37年(ワ)1384号 判決 1962年12月12日
判 決
東京都荒川区荒川一丁目二〇番地
原告
町田一枝
ほか六名
原告等七名訴訟代理人弁護士
竹内一男
同都豊島区巣鴨七丁目一、七一九番地
被告
株式会社大久保商事
右代表者代表取締役
大久保敏雄
右訴訟代理人弁護士
橋本順
右訴訟復代理人弁護士
早川庄一
右当事者間の損害賠償請求事件について、つぎのとおり判決する。
主文
一、被告は原告一枝に対し金八八万七、八七一円、同勝彦に対し金四八万五、六七三円、同諺司同悦子、同恵子、同伸雄に対し各金三六万五、一四八円、同まつに対し金一〇万円及びいづれも右各金員に対する昭和三六年一〇月一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
二、原告まつを除く他の原告等のその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用は、原告まつと被告との間に生じた分については全部被告の負担とし、その他の原告等と被告との間に生じた分についてはこれを三分してその二を被告の、その余を右原告等の平等負担とする。
四、この判決第一項は仮りに執行することができる。
事実
原告等は「被告は、原告一枝に対し金一五〇万六、六六七円、同勝彦に対し金七三万三、一九二円、同諺司、同悦子、同恵子、同伸雄に対し各金六一万二、六六七円、同まつに対し金一〇万円及びいづれも右各金員に対する昭和三六年一〇月一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。同訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として、
一、訴外亡町田又八郎は、昭和三六年九月二一日午後七時三五分頃、東京都台東区龍泉寺町三九四番地先交叉点(以下「本件交叉点」という)において、被告会社従業員訴外松岡亨次の運転する被告所有の大型貨物自動車(日産六〇年式車輛番号第一ろ〇〇一四号)に衝突せしめられ、頭蓋骨々折、頭蓋内損傷の傷害を蒙り十数分後同町二八九番地田村外科医院において死亡した(以下、右事故を「本件事故」という。)
二、被告は前記自動車を自己のため運行の用に供していたところその運行によつて本件事故を惹起せしめたのであるから原告等に対し自動車損害賠償保障法第三条本文にもとづいて、本件事故により生じた損害を賠償すべき義務がある。
三、又八郎及び原告等は本件事故によつてつぎのとおり損害を蒙つた。
(一) (又八郎の財産上の損害)
同人は明治三三年四月一〇日生本件事故当時満六一才の健康体を有する男子であつて、厚生省大臣官房統計調査部刊行第一〇回生命表によれば右年令の男子の平均余命は一四・三一年であるから同人は本件事故に遭遇しなければ将来なお右平均余命年数の間生存し就労可能であつた筈であるところ、本件事故当時訴外有限会社町田縫製の代表取締役として毎月金四万五、〇〇〇円の報酬を受け、金一万円の生活費を要していたから毎月金三万五、〇〇〇円、年間金四二万円の、純益を得ていた。従つて、同人が本件事故により得べかりし利益を喪失した損害は右一年間金四二万円の割合により将来一四・三一年間の、純益金六〇一万円余となるが、これをホフマン式計算方法により一年毎に年五分の割合による中間利息を控除し本件事故発生当時の一時払額に換算すると金四三七万円となる。
(二) (原告勝彦の財産上の損害)
原告勝彦は本件事故によつて、又八郎の処置料、屍体引取運搬費及び葬儀費用等合計金七万〇五二五円を支払い同額の損害を蒙つた。
(三) (原告等の精神上の損害)
原告一枝は妻、同勝彦は長男、同諺司は二男、同悦子は長女、同恵子は二女、同伸雄は三男、同まつは母として、又八郎の不慮の死亡により精神的苦痛を豪つたが右苦痛に対する慰藉料は原告一枝について金二〇万円、同勝彦について金一五万円、その余の原告等について各金一〇万円が相当である。
四、原告まつを除くその余の原告等は又八郎の相続人として各自の相続分に応じて又八郎が有した前項(一)記載の損害賠償債権を取得した。従つて、被告に対し
(一) 原告一枝は前項(一)記載の損害賠償債権の三分の一に相当する金一四五万六、六六七円及び前項(三)記載の固有の慰藉料金二〇万円合計金一六五万六、六六七円の
(二) 原告勝彦は前項(一)記載の損害賠償債権の一五分の二に相当する金五八万二、六六七円、前項(二)記載の葬儀費用等の損害金七万〇五二五円及び前項(三)記載の固有の慰藉料金一五万円合計金八〇万三、一九二円の
(三) 原告まつは前項記載の固有の慰藉料金一〇万円の
(四) その余の原告等は各自、前項(一)記載の損害賠償債権の一五分の二に相当する金五八万二、六六七円及び前項(三)記載の固有の慰藉料金一〇万円合計六八万二、六六七円の
各損害賠償債権を取得したところ、昭和三七年四月二三日訴外同和火災海上保険株式会社から自動車損害賠償保険金として、原告一枝は金一五万円、同原告及び原告まつを除くその余の原告等は各自金七万円の支払を受けたので、右原告等は前記損害賠償債権額から夫々支払を受けた右保険金額を控除し、請求趣旨記載のとおり、被告に対し本件事故による損害金及びこれに対する損害発生の日以後である昭和三六年一〇月一日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
と陳述し、抗弁に対する答弁として
本件事故は訴外松岡亨次の過失によつて惹起されたものであつて、又八郎には何等の過失がなかつた。すなわち、本件交叉点を走る別紙見取図記載甲道路(以下、単に「甲道路」という)は幅員三三・一米(車道の幅員は二二・一米)のアスフアルト舗装道路であつて本件交叉点附近は道路両側に螢光灯の街路灯が設置されているから夜間と雖も明るく見透しの良好な箇所であつて、なお、本件事故発生当時は晴天であつた。而して、又八郎は足踏二輪自転車に乗つて帰宅すべく光月町方面から別紙見取図記載丙道路(以下、単に「丙道路」という)を進行して来て本件交叉点に差し蒐り甲道路のセンターラインを将に通過しようとした瞬間、甲道路を進行して来た松岡亨次運転の貨物自動車により衝突せしめられ本件事故に遭遇したものであるところ
(一) 甲道路と丙道路とは所謂主道と枝道の関係にあるけれども、又八郎は松岡亨次運転の貨物自動車より先に既に本件交叉点に入つていたのであるから松岡亨次は道路交通法第三五条の規定により、当然、又八郎の進行を妨げてはならず、一時停車するか徐行するかして交通の安全を期すべき義務があるにもかかわらず右注意義務を怠り、制限速度を起える四五乃至五〇粁の時速で本件交叉点を進行し、本件事故を惹起したものである。
(二) 更に、本件交叉点は交通整理の行なわれていない交叉点であつて相当多くの人や車輛の横断が予想せられる箇所であるから、甲道路を進行する自動車運転者は進路前方及び左右を注視し、交通の状況に応じ徐行する等して側方道路から本件交叉点を横断しようとする人や車輛等との衝突事故の発生を未然に防止すべき義務があるところ、松岡亨次は進路前方及び左右に対する注視を怠り、漫然、先行する他車を追い前記速度で本件交叉点を直進しようとしたため、既に前記のとおり本件交叉点の中央部附近を進行中の又八郎を五米の至近距離において発見したが、制動措置をとるいとまもなく同人に衝突し同人を約一八米前方に跳ねとばす惨事をもたらしたのであつて、本件事故は全く松岡亨次の過失のみによるものである。
と陳述した。
被告は「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、答弁として
一、請求原因第一項の事実中又八郎の傷害の部位については知らないがその余の事実は認める。
二、同第二項の事実は否認する。
三、同第三項の事実中又八郎と原告等との身分関係が原告等主張のとおりであることは認めるがその余の事実は否認する。
四、同第四項の事実中原告等が本件事故による損害について自動車損害賠償保険金五〇万円の支払を受けた事実は認めるがその余の事実は否認する。
と陳述し、原告主張の損害の発生について
(イ) 原告等が主張する又八郎の財産上の損害は、又八郎死亡後、原告勝彦が又八郎に代つて訴外有限会社町田縫製の代表取締役に、原告一枝が取締役に夫々就任することによつて同訴外会社から又八郎の得べかりし報酬を得るに至つているのであるから、結局、現存しない。従つて、右原告両名が右報酬を得られる限り原告等が又八郎の財産上の損害として主張する請求は、損害の填補を目的とする損害賠償の根本理念に反するし、損益相殺の法理に徴しても不当である。
(ロ) 原告等は又八郎の財産上の損害をその余命年数にその純益額を乗じて算出するが、余命年数の全期間を就労可能とすることは失当であつて、統計上得られる同人の就労可能年数六・八年にその純益額を算出すべきである。
(ハ) 原告等は又八郎の生活費を一カ月金一万円として純益額を算出するが、右生活費から同人が本件事故当時一カ月に支払うべき所得税金一、三〇〇円を控除すれば残額金八、七〇〇円となり、同人が右金額を以てその生活一切を賄うことが可能であるとするのは社会通念に反するし、同人の社会的地位並びに活動等を考慮するならば同人の生活費は一カ月最低金一万五、〇〇〇円であるとするのが至当であるから、結局、原告等主張の純益額は不合理である。
(ニ) 原告勝彦が支払つた葬儀費用飲食費用については、同原告が葬儀に際し被告から金三万円の香奠を受領した外参列者からも夫々香奠を受領しているのであるから損益相殺の法理からしてこれを葬儀費用に包含せしめるべきではない。しかも、葬儀費用は人の死亡により早晩当然支払うことが予想せられる費用であるから、右原告が又八郎の死亡により葬儀費用を支払つたからといつて、その損害は将来支払うべき葬儀費用を本件事故によつて時期を早めて支払つたことによる右費用額に対する法定利息分にすぎない。
と主張し、抗弁として
本件事故現場は交通整理の行なわれていない交叉点であつてその状況は別紙見取図記載のとおりである。而して、本件交叉点は見透しの利かない箇所であつてその中央部分は、夜間比較的暗く、本件事故発生当時隅々小雨が降つていたため見透しの状況は更に悪かつた。ところで、訴外松岡享次は前記貨物自動車を運転し三輪方面から上野方面に向つて、先行する他車に追従しなから別紙見取図記載の甲道路を進行して来て、本件交叉点において折柄、日本堤方面から別紙見取図記載乙道路(以下、単に「乙道路」という)を足踏二輪自転車に乗つて進行して来て本件交叉点に差し蒐つた又八郎と衝突したのであるが、
(一) 右甲道路と乙道路とは所謂主道と枝道の関係にあるから、道路交通法第三六条第一項の規定により、乙道路から甲道路に入ろうとする者は一時停車するか除行するかして甲道路を進行する車輛に進路を譲り交通の安全を期すべき義務があるところ、前記のとおり乙道路から本件交叉点に入ろうとした又八郎は右注意義務を怠り、前記先行する他車のみに注意を奪われてこれに追従する松岡享次運転の貨物自動車に気付かず、右他車が本件交叉点を通過するや急遽本件交叉点を横断しようとした。
(二) 更に、本件交叉点の状況からして乙道路から入り本件交叉点を横断しようとする者は進行する道路の左側端を徐行しなければならないのに又八郎は漫然として本件交叉点の中央附近を進行した。
(三) 夜間、車輛を運転する者は燈火をつけなければならないのに又八郎は本件事故当時無燈火で自転車を運転し本件交叉点を横断しようとした。本件交叉点は前記のとおり見透しが利かない箇所であつたから甲道路を進行して来て本件交叉点に差し蒐る自動車運転者は、無燈火で乙道路から本件交叉点に入る車輛を確認することが非常に困難であつて松岡享次としては前記のとおり無燈火で本件交叉点を横断しようとする又八郎との衝突を避け得べくもなかつた。
(四) 本件交叉点は前記のとおり見透しが利かない箇所であるし夜間交通量が増大するから、乙道路から本件交叉点を横断しようとする者は交通の状況に応じ左右に対する注視を怠らず、特に甲道路を進行する車輛の有無をよく確認し充分安全を見極めたうえ最も危険の少ない方法によつて横断すべき義務があるところ、又八郎は老令の身でありながら本件交叉点における交通の状況を留意せず左右に対する注意を怠り、安全を確認することなく、漫然自転車を運転して本件交叉点を横断しようとした。
以上のとおり、本件事故は又八郎が注意義務を怠つたため発生したものであつて、過失は松岡享次の過失に比較してはるかに大であるから、本件事故による損害額はこれを斟酌して相当減額して算定せられるべきである。
と主張した。
(立証) 《省略》
理由
一、請求原因第一項の事実中訴外亡町田又八郎の傷害の部位の点を除くその余の事実は当事者間に争がなく、又八郎の受けた傷害が頭蓋骨々折、頭蓋内損傷であつたことは成立に争のない甲第二号証によつて認めることができる。そして、被告は、自動車損害賠償保障法第三条但書に規定する免責要件の存在を主張立証しないから、同条文にもとづき本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務を負うものといわねばならない。
二、そこで、本件事故により又八郎及び原告等が蒙つた損害について検討する。
(一) (又八郎の財産上の損害)
(証拠―省略)によれば、又八郎が明治三三年四月一〇日生れ、したがつて本件事故当時満六一才五ケ月の普通程度の健康体を有する男子であつた事実が認められ、厚生大臣官房統計調査部刊行の第一〇回生命表によれば右年令の男子平均余命は一四・三一年であるから、同人は本件事故に遭遇しなければ将来なお右平均余命年数の間生存することができたものと推認できるが、右平均余命年数は、ある年令に達した者がその後において生存すると期待される年数であつて、その余命年数をもつてただちに就労可能とするものではない。唯又八郎について特に右余命全年数の間就労可能と認めるべき特別の事情があれば格別であるが、これを認めるに足る証拠がないから、前顕原告町田勝彦の本人尋問の結果によつて認められる又八郎が有限会社町田縫製の外交、裁断、納品、集金等の或る程度の肉体労働を伴う職務に従事していた事実並びに同人の家庭の状況等を考慮するときは、前記生命表を基準とするいわゆる就労可能年数(有限平均命数ともいう、厚生大臣官房統計調査部刊行の生命表を基準として五〇才未満のものについてはその者の六〇才までの平均余命年数、五〇才以上の者についてはその者の平均余命年数の二分の一の年数として算出した年数である)によるのを相当と認める。そして、右によれば又八郎の年令の者の就労可能年数はその平均余命である一四・三一年の二分の一に相当する七・一五年(小数点以下三位未満を切り捨)となるから、同人は、将来なお右就労可能年数の間就労することができたものと推認できるところ(被告主張の就労可能年数は第九回生命表を基準とするものであるから本件においては不適当である)前顕原告町田勝彦の本人尋問の結果並びにこれによつて成立を認め得る甲第四号証によれば、又八郎が本件事故発生当時訴外有限会社町田縫製の代表取締役として毎月金四万五、〇〇〇円の報酬を受けていた事実が認められ、又、昭和三六年九月現在の東京都標準世帯家計調査報告(甲第八号証)の第二表中「実収入階級別一カ月平均総収入総支出(区部)」の記載中月収金四万二、〇〇〇円乃至金四万五、九九九円の標準世帯における一人当りの生計費は月金九、四三一円であることが認められるから、又八郎の生計費をこれを下らない範囲において月一万円であるとして損害算定の基礎たる純収入額とするのは相当であるというべきである。したがつて、結局、又八郎は一カ月前記認定の月収額から同生計費を控除した金三万五、〇〇〇円、年間金四二万円の純益を得ていたものと認められ、したがつて同人が本件事故に遭遇し死亡したことにより喪失した利益は、右年間金四二万円の割合により将来就労可能な七・一五年分金三〇〇万三、〇〇〇円となるが、これをホフマン式計算方法によつて一年毎に年五分の割合による中間利息を控除し本件事故当時の一時払額に換算すると金二五一万三、六一四円(円未満切捨)となることが計算上明らかである。
被告は、又八郎死亡後原告勝彦が代表取締役、同一枝が取締役として前記訴外会社から又八郎の得べかりし報酬を得るに至つているのであるから又八郎の損害は結局現存しないと主張し、右原告等の各本人尋問の結果によれば、同原告等が被告主張のとおり夫々前記訴外会社の役員に就任し同訴外会社から毎月報酬を受けている事実を認めることができるけれども、右報酬は同原告等が同訴外会社の営業全般を掌理遂行して受ける固有の対価であつて、又八郎の得べかりし報酬とは全く別個のものであると認められるから又八郎が本件事故により死亡し得べかりし利益を喪失したことと法律上なんらかかわりがないというべく、被告のこの点に関する主張は失当といわざるを得ないし又八郎の生計費は一カ月金一万五、〇〇〇円を以て相当であると主張するけれども、これを認めるに足る何等の資料も存在しないから、被告の右主張も採用の限りでない。
(二) 原告勝彦の財産上の損害
前顕原告町田勝彦の本人尋問の結果並びにいづれもこれによつて成立を認め得る甲第六号証、第七号証の一乃至一七によれば、右原告が本件事故によつて死亡した又八郎の処置料、葬儀費用、交通費その他の雑費として金七万〇五二五を支払い、同額の損害を蒙つた事実が認められる。被告は葬儀費用は人の死亡により早晩支払うことが予想せられるのであるから右原告が右葬儀費用を支払つたからといつて、その損害は将来支払うべき葬儀費用を本件事故により時期を早めて支払つたことによる右葬儀費用に対する利息分にすぎないと主張する。しかしながら故意または過失によつて人の生命を害した者は、その葬儀費用を損害として賠償すべきであつて、人は早晩死を免れないからといつてこれを被害者の遺族に転嫁し、加害者をして免責せしめることは許されないと解するのを相当とするから(大審院判決明治四四年四月一三日大審院判決抄録第一七輯五六九頁、同大正一三年一二月二日大審院判例集第三巻五二二頁登載)、右主張は採用できない。また被告は、原告が被告その他から香奠を受領しているから葬儀費用の額からこれを控除すべき旨主張するけれども、香奠は損害を填補するものでないこと明らかであるから、右主張もまた採用の限りでない。
(三) (原告等の精神上の損害)
原告町田勝彦、同町田一枝の各本人尋問の結果によれば、原告等が又八郎の不慮の死亡により夫々著しい精神的苦痛を蒙つたことが明らかであり、右事実に当事者間に争がない又八郎と原告等との身分関係等(原告一枝が又八郎の妻たりし者で明治四二年一二月五日生、原告勝彦が又八郎の長男で昭和六年六月八日生、原告諺司が二男で昭和一四年一月二三日生、原告悦子が長女で昭和一七年三月一一日生、原告恵子が二女で昭和二一年三月一〇生、原告伸雄が三男で昭和三四年七月二二日生、原告まつが又八郎の養母であることは成立に争のない甲第一号証の一、二によつて認める)並びに前記認定の本件事故の態様その他諸般の事情を総合すれば、原告等に対する慰藉料として、原告等が夫々本訴において主張する各金額はいづれも相当額の範囲を逸脱するものではない。
三、ところで、被告は過失相殺を主張するので、この点について、判断する。
本件交叉点が交通整理の行なわれていない交叉点であつて、その交叉の状況並びに交叉する道路の広狭がほゞ被告主張の別紙見取図記載のとおりである事実は当事者間に争いがなく(証拠―省略)を総合すればつぎの事実を認定することができる。すなわち、訴外松岡享次は被告所有の大型貨物自動車を運転して、甲道路を三輪方面から上野方面に向つて進行し時速四〇乃至五〇粁の速度で本件交叉点に差し蒐つたところ、既に丙道路から入り本件交叉点のほゞ中央附近を足踏二輪自転車を運転して進行中の又八郎を自己の進路前方約五米の地点において発見したが、急制動の措置をとるいとまもなく、前記貨物自動車の左前部を同人の運転する自転車に衝突せしめ、同人を路上に転倒させ、同人に対し前記傷害を負わせ、同日午後七時四六分頃右傷害により死亡するに至らしめた。
以上のとおりであつて、(証拠―省略)他に右認定を覆すに足る証拠はない。以上認定の事実によれば、本件交叉点が前記とおり交通整理の行なわれていない交叉点であつて、何時他の道路から本件交叉点に進出する車輛等があるかも知れないのであるから、甲道路を進行する自動車運転者は危急に臨んで直ちに急停車、避譲等適切な措置を講じ、以て、事故発生を未然に防止することのできるよう、常に進路前方並びに左右に対する注視を怠らず、且つ、減速徐行すべき義務があるにもかかわらず、松岡享次は、進行前方並びに左右に対する注視を怠り、漫然、前記速度のまま本件交叉点を直進しようとしたため本件事故を発生せしめたものということができる。被告は、本件事故について、又八郎が、(一)道路交通法第三六条第一項所定の義務に違反し、(二)軽卒な方法で、且つ、(三)夜間、無燈火で自転車を運転し、本件交叉点を横断しようとした過失があると主張するが、(イ)前記のとおり、松岡亨次の運転する貨物自動車の速度が四〇粁乃至五〇粁であつたことと、又八郎が運転していた足踏二輪自転車の通常の速度が一般に一〇粁乃至一五粁であつて特に高速の場合でも二〇粁を超えることが少ないことを合わせ考えるときは、又八郎は松岡亨次よりも遙かに前に本件交叉点に入り、甲道路を横断すべく、本件交叉点の中央附近を進行中であつたと認められるのである。そうであつてみれば、本件交叉点の状況並びに交叉する各道路の広狭の如何にかかわらず、松岡亨次は、道路交通法第三五条第一項により、先に交叉点に入つていた又八郎の進行を妨げてはならない義務があるから、これを無視した松岡亨次に自動車運転上の過失があるというべく、しかして、又八郎に過失があるとはいうことができない。(ロ)そして、又八郎が特に軽卒な方法で本件交叉点を横断しようとした事実を認めるに足る証拠はないし、(ハ)同人が無燈火で足踏二輪自転車を運転していた旨の証人松岡享次の証言は、刑事々件の取調に際して何等供述することがなかつたにもかかわらず、本件の証人として尋問され、はじめて供述したものである点からして容易く措信できず、その他、又八郎の過失の存在を認めるに足る証拠はない。
従つて、過失相殺の抗弁は理由のないものとして排斥を免れない。
四、又八郎と原告等との身分関係は当事者間に争がないから、原告一枝は妻として、同原告及び原告まつを除くその余の原告等は子として各自の相続分に応じて又八郎が有した第二項(一)の損害賠償債権を相続により取得したことが明らかである。
五、従つて、被告に対し
(一) 原告一枝は第二項(一)認定の損害賠償債権の三分の一に相当する金八三万七、八七一円(円未満切捨)及び同項(三)認定の固有の慰藉料金二〇万円合計金一〇三万七、八七一円の
(二) 原告勝彦は第二項(一)認定の損害賠償債権の一五分の二に相当する金三三万五、一四八円(円未満切捨)、同項(二)認定の葬儀費用等金七万〇五二五及び同項(三)認定の固有の慰藉料金一五万円合計五五万五、六七三円の
(三) 原告まつは第二項(三)認定の固有の慰藉料金一〇万円の
(四) その余の原告等は各自第二項(一)認定の損害賠償債権の一五分の二に相当する金三三万五、一四八円(円未満切捨)及び同項(三)認定の固有の慰藉料金一〇万円合計金四三万五、一四八円の
各損害賠償債権を取得したところ、原告等は昭和三七年四月二三日訴外同和火災海上保険株式会社から自動車損害賠償保険金として、原告一枝が金一五万円、同原告及び原告まつを除くその余の原告等が各自金七万円の支払を受けたので、前記各損害賠償債権から夫々支払を受けた右保険金額を控除すると自陳するから、被告は原告一枝に対し金八八万七、八七一円、同勝彦に対し金四八万五、六七三円同まつに対し金一〇万円、その余の原告等に対し各金三六五万五、一四八円及びいづれも右各金員に対する本件事故による損害発生の日以後である昭和三六年一〇月一日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるものといわねばならない。
六、よつて、原告等の本訴請求は右認定の限度において正当として認容し、その余の部分は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項本文の規定を、仮執行の宣言について同法第一九六条の規定を各適用して、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第二七部
裁判長裁判官 小 川 善 吉
裁判官 高 瀬 秀 雄
裁判官 羽 石 大